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2018/12/8 sat

港 千尋

小さきものたちの風景論

風景は水辺で生まれる ── 最新刊『風景論−変貌する世界と日本の記憶』(中央公論新社)を切り口に、ランドスケープの起源から文学、アートまで、水辺がつくりだしてきた世界の「庭」を、多数の写真とともに語ります。

港 千尋

映像人類学者、写真家。1960年生まれ。多摩美術大学教授。2008年、ブルゴーニュの森のレヴィ=ストロース邸他、彼にゆかりのある神話の大地を撮り下ろした写真集『レヴィ=ストロースの庭』(NTT出版)を刊行。

 


Report

第三回目の講座では、映像人類学者、写真家として幅広い活動をされている港千尋先生をお招きし、「小さきものたちの風景論」と題して水辺が生み出してきた世界の「庭」を中心にご講演いただきました。

今回のタイトルにある「小さきものたち」とは、風景のなかにいる目に見えない存在のことです。例えば氷河などの溶解を促進する「赤雪」と呼ばれる現象では、雪氷藻類と呼ばれる藻類が北極と南極との間をジェット気流に乗って移動しています。このように、私たちが普段全く気付いていないメカニズムによっても、また逆に人間からの影響によっても、世界は常に変化しつつあります。科学技術の発達によって人間の活動が盛んになるにつれ、その痕跡が地球全体の環境や風景だけでなく、地質にまで大きな影響を与えるようになった「アントロポセン(人新世)」の時代においては、風景の背後に存在する小さな存在に目を向けていくこととは、過剰になった知性に対し、感性面でのバランスを取り戻していく大切な作業といえるかもしれません。

パリの新国立図書館には、ビオトープとなっている巨大な中庭が設置されています。この「よき図書館には、よき庭が必要である」という思想も、人類が知性と感性の和解を求めていることの象徴と言えるでしょう。

後半で紹介された、ケネス・グレアムによる児童文学「たのしい川べ」に描かれた動物たちの感性を通じて描かれた川辺の情景や、人間を超える特別な視点の存在を感じさせるカスパー・フリードリヒの絵画、スコットランドの 詩人、ハミルトン・フィンレイが石や木に詩を刻みながら、詩集を開かれた庭として構成していった「リトル・スパルタ」などは、いずれも私たちの常識だけでは推し量れない、眼に見えない秩序の存在に目を向けようとしたものであるようにも感じられました。

講演に引き続き、参加者の方々は人間の知では推し量れないものを自然に対してなぜ感じるのか、庭の鑑賞について、私たちは語るべき言葉を持たず、ただ感じるしかできないのはなぜか、など、港先生を囲んで盛んに意見を交換され、今回も大変充実した会となりました。

第四回|能勢伊勢雄
第五回|新見 隆 
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